労働衛生(有害業務)45第一種職業性疾病

衛生管理者 労働衛生(有害業務) 問45:職業性疾病

シアン化水素(青酸・HCN)による健康障害に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。

  • シアン化水素(HCN)は、細胞内のミトコンドリアにあるシトクロムcオキシダーゼ(電子伝達系の最終酵素)に結合し、細胞内での酸素の利用を阻害することで「細胞内窒息(ヒストトキシック低酸素症)」を引き起こす。
  • シアン化水素中毒では、血中の酸素運搬能は正常に保たれているにもかかわらず(ヘモグロビンは正常)、組織が酸素を利用できないため、静脈血の酸素濃度が異常に高くなる(静脈血が動脈血に近い酸素分圧)という特徴的な所見がある。
  • シアン化水素中毒の治療に用いられる解毒剤として、亜硝酸アミルおよび亜硝酸ナトリウム(メトヘモグロビン形成によるシアンとの競合的除去)と、チオ硫酸ナトリウム(シアンを無毒のチオシアン酸塩に変換)の組み合わせが標準的な治療法である。
  • シアン化水素中毒では、組織の酸素利用ができないにもかかわらず「皮膚・粘膜が桜紅色(鮮紅色)」になるという所見はなく、必ず著明なチアノーゼ(青紫色)が見られる。これはCO中毒との重要な鑑別点である。正答
  • シアン化水素は低濃度(数ppm程度)でも苦扁桃(アーモンド・杏仁)様の特有の臭気を有するが、ある濃度以上になると嗅覚疲労が生じて臭いを感じにくくなるため、臭いがなくなっても安全ではない場合がある。
正答:シアン化水素中毒では、組織の酸素利用ができないにもかかわらず「皮膚・粘膜が桜紅色(鮮紅色)」になるという所見はなく、必ず著明なチアノーゼ(青紫色)が見られる。これはCO中毒との重要な鑑別点である。

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誤りはエです。シアン化水素(HCN)中毒では、組織が酸素を利用できないため静脈血に酸素が残ったまま(動脈血に近い酸素分圧)になり、皮膚・粘膜が桜紅色(鮮紅色)になることがあるという特徴があります。エの「チアノーゼ(青紫色)が必ず見られる」という記述は誤りです。この桜紅色という所見はCO中毒でも見られますが、機序が異なります(CO=COHbの色・HCN=組織による酸素未消費)。どちらも「低酸素なのにチアノーゼにならない」点が共通の特徴です。

ア(細胞内窒息)・イ(静脈血の酸素濃度上昇)・ウ(解毒剤の種類)・オ(臭気の嗅覚疲労)はすべて正しい内容です。

標準試験対策の基準レベル

シアン化水素とCO中毒の皮膚所見の比較:

| 中毒 | 血中状態 | 皮膚所見の色 | 桜紅色の機序 |

|---|---|---|---|

| シアン化水素(HCN)中毒 | Hbは正常(酸素運搬OK)・組織が酸素利用不能→静脈血が動脈血化 | 桜紅色(鮮紅色)になることがある | 組織が酸素を消費しないため静脈血のOxyHbが維持 |

| CO中毒 | COHb(赤い色調)の増加 | 桜紅色(鮮紅色) | COHbが赤色を呈するため |

| 通常の低酸素(呼吸不全等) | Hb低酸素化→還元Hb増加 | チアノーゼ(青紫色) | 還元Hbが青紫色を呈するため |

各選択肢の正誤と根拠:

  • ア(正): シアン化水素はシトクロムcオキシダーゼ(電子伝達系の最終酵素)の鉄イオン(Fe³⁺)に結合して活性を阻害→ATP産生停止→細胞死。吸入・経口・経皮のいずれの経路でも体内に入りうる。
  • イ(正): HCN中毒での静脈血の酸素分圧上昇(arteriovenous O₂ difference の消失)は特徴的な所見。血液ガスや経皮酸素飽和度(SpO₂)が正常値を示しても組織は酸素欠乏状態という「解離」が生じます。
  • ウ(正): HCN中毒の標準的解毒治療:①亜硝酸アミル(吸入)・亜硝酸ナトリウム(静注)→メトヘモグロビン形成→メトHbのFe³⁺がシアンと結合(シアンメトHb形成)→シアンをHbに誘導してシトクロムcオキシダーゼから解放②チオ硫酸ナトリウム(静注)→体内のチオシアナーゼによりシアンをチオシアン酸塩(無毒)に変換して尿中排泄。
  • エ(誤): HCN中毒では「チアノーゼが必ず見られる」は誤り。桜紅色(鮮紅色)になることが特徴的な所見であり、これはHCN中毒の診断の際に知っておくべき重要な知識。
  • オ(正): HCNの臭気特性と嗅覚疲労は硫化水素と同様の危険性を持つ。低濃度(threshold: 約1〜5ppm)で苦扁桃様の臭いを感じるが、高濃度では感覚受容体が飽和して臭いを感知できなくなる(嗅覚疲労)。臭いがなくなったことが安全の証明にはならない。
上級誤答論破・根拠法令まで深掘り

【理論的背景】

シアン化水素(HCN)は人類が最も古くから知る「毒物」の一つであり、第二次世界大戦では毒ガス(ツィクロンB・Zyklon B)としても悪用された歴史があります。現代の職業衛生では、金属精錬(金・銀の抽出)・電気めっき(シアン化物めっき浴)・化学工業(アクリル繊維・ナイロン製造の中間体)・プラスチックの燃焼(火災現場)等での職業曝露が問題となります。HCNの毒性の本質は「酸素を使えなくする(ヒストトキシック低酸素症)」であり、これはCO中毒の「酸素を運べない(貧血性低酸素症)」とは毒性機序が根本的に異なります。

細胞内窒息(Histotoxic hypoxia)の分子機序(詳細):

  • シトクロムcオキシダーゼ(Complex IV):電子伝達系の最終酵素。NADH→FMN→CoQ→Cyt b→Cyt c₁→Cyt c→Cyt a→Cyt a₃(Complex IV)→O₂→H₂O という電子の流れでATPを産生
  • HCNの作用点:Complex IV(シトクロムa₃)の第二鉄(Fe³⁺)にCN⁻が強固に結合→電子伝達の最終ステップを阻害→ATP産生が停止
  • 結果:全細胞でATPが枯渇→心筋・脳神経細胞が特に感受性が高い→致死的な心停止・中枢神経麻痺
  • 重要な点:HCN中毒では「動脈血」にも「静脈血」にも酸素が十分あるのに、細胞がその酸素を使えない状態。「経皮酸素飽和度(SpO₂)が正常(96%等)なのに死の淵にいる」という逆説的な状態が生じます。

低酸素の4分類と皮膚所見:

1. 低酸素性低酸素症(hypoxic hypoxia):肺換気障害・低O₂環境→動脈血のO₂が低下→チアノーゼ(青紫)

2. 貧血性低酸素症(anemic hypoxia):貧血・CO中毒等→Hbの酸素運搬能低下→CO中毒では桜紅色(COHbの色)

3. 循環性低酸素症(circulatory hypoxia):心不全・ショック→血流低下→末梢部でのO₂消費↑→チアノーゼ・蒼白

4. ヒストトキシック低酸素症(histotoxic hypoxia):HCN・H₂S等→細胞がO₂を使えない→静脈血にO₂が残る→桜紅色

HCN中毒での桜紅色発現の鑑別的意義:

桜紅色という所見は「組織による酸素消費ができていない」ことを示す重要な手がかりです。CO中毒とHCN中毒を臨床的に区別することは困難な場合がありますが(特に火災現場でのCO+HCN複合曝露)、いずれも緊急に高浓度酸素投与と特異的解毒治療が必要という点では同様の対応が求められます。

【実務・条文構造】

シアン化物の職業曝露管理(特化則・管理濃度):

  • シアン化水素(HCN):特化則第2類物質・管理濃度3ppm(作業環境評価基準別表)
  • シアン化ナトリウム・シアン化カリウム(青酸ソーダ・青酸カリ):同様に特化則第2類物質として管理

電気めっき業(シアン化物めっき)での安全管理:

  • めっき浴(シアン化ナトリウム浴・シアン化金カリウム浴等)から発生するHCNガスへの注意
  • 酸との接触禁止(シアン化物+酸→HCN発生・致死的):「混ぜるな危険」の典型例
  • 局所排気装置の設置・呼吸用保護具(有機ガス用吸収缶に加えシアン化水素用吸収缶の装着確認)
  • 作業場内の固定式HCN検知器の設置・携帯式検知器の常備

HCN解毒薬(現代の進歩):

従来の亜硝酸-チオ硫酸法に加え、近年は「ヒドロキソコバラミン(ビタミンB12の前駆体)」がフランス等で開発・導入され、日本でも使用可能になっています。ヒドロキソコバラミンはシアンイオンと直接結合してシアノコバラミン(ビタミンB12)を形成して尿中排泄を促進する解毒機序を持ち、メトヘモグロビン形成を伴わないため「CO中毒と重複している場合にも使用可能」という利点があります。火災現場ではCO+HCN複合曝露が多いため、ヒドロキソコバラミンの有用性が高い。

【試験での位置づけ】

シアン化水素問題の最頻出は「細胞内窒息(ヒストトキシック低酸素症)の機序(シトクロムcオキシダーゼの阻害)」「静脈血の酸素濃度上昇→桜紅色になることがある(チアノーゼは必発ではない)」「解毒剤(亜硝酸-チオ硫酸法)」「嗅覚疲労の危険性」の4点です。エのような「HCN中毒でチアノーゼが必ず見られる」という誤りは「低酸素=チアノーゼ」という単純な思い込みを否定した重要な知識です。

【各選択肢の発展補足】

  • ア: HCNが電子伝達系を阻害すると、解糖系の産物(ピルビン酸)が乳酸に変換される無酸素代謝が亢進→乳酸アシドーシス(代謝性アシドーシス・高アニオンギャップ)が生じます。血液ガスで「アニオンギャップ増大・高乳酸血症」はHCN中毒の診断を示唆する所見です。
  • イ: SpO₂(経皮酸素飽和度計)でのHCN中毒の落とし穴:HCN中毒ではHbが正常酸素化されているため(組織で消費されない)、パルスオキシメーターが正常値(96〜99%)を示すことがあります。CO中毒でのSpO₂の偽高値と同様に「SpO₂が正常だからHCN中毒でない」とは言えない点が危険です。
  • ウ: 亜硝酸-チオ硫酸法の留意点:亜硝酸薬(亜硝酸アミル・亜硝酸ナトリウム)は意図的にメトヘモグロビンを形成させてHbをシアンの「おとり」とする方法ですが、メトHb形成により酸素運搬能が低下するリスクがあります。CO中毒とHCN中毒が重複している場合には使用に慎重を要します(ヒドロキソコバラミンを選択)。
  • オ: HCNの閾値(臭いを感じ始める濃度)は個人差がかなり大きく、一部の人(約40%)はHCNの臭いを全く感じないという特性があります(遺伝的要因による嗅覚の個人差)。このため「臭いがしないからHCNは存在しない」という判断は危険であり、固定式・携帯式のガス検知器による客観的な測定が唯一の安全確認手段です。

【根拠】医学的事実(確立した毒性学・救急医学)。HCNの細胞内窒息機序(シトクロムcオキシダーゼの阻害)・静脈血の酸素分圧上昇・桜紅色という皮膚所見・解毒剤(亜硝酸-チオ硫酸法)は確立した医学的事実。特化則(シアン化水素の第2類物質区分)。

【補足】エ(誤): HCN中毒では桜紅色(鮮紅色)になることがある(チアノーゼが「必ず見られる」は誤り)。機序=細胞内窒息(シトクロムcオキシダーゼ阻害)→組織で酸素消費不能→静脈血にO₂残存→桜紅色。解毒剤=亜硝酸-チオ硫酸法(またはヒドロキソコバラミン)。

出典・根拠について

本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した毒性学・救急医学)。シアン化水素中毒では組織が酸素を利用できないため静脈血が動脈血に近い性状(酸素が消費されない)→皮膚が**桜紅色になることがある**(チアノーゼにならないことが特徴的)。「必ずチアノーゼが見られる」という記述が誤り。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。

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科目別に解いて、衛生管理者に合格

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