行政書士 行政法 問85:損失補償・土地収用・特別の犠牲・補償の時期
損失補償制度に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア損失補償は、適法な公権力行使によって財産権に特別の犠牲が生じた場合に問題となるものであり、違法な公権力行使によって生じた損害は国家賠償法によって救済されるため、損失補償と国家賠償は適用される局面が原則として異なる。
- イ土地収用における「正当な補償」とは、収用される財産の客観的な市場価格(時価相当額)を基礎とする完全補償が原則とされており、開発利益(事業によって上昇した価値)は補償額に含まれないとするのが判例の立場である。
- ウ損失補償の支払い時期については、事業の完成後に補償すれば足り、土地収用のように収用に先立って事前に補償することは憲法29条3項上の要件ではないとするのが判例・通説の立場である。正答
- エ財産権制限が社会的拘束の範囲内(社会的相当性を有する程度の軽微な制限)にとどまる場合は、補償なしで財産権を制約しても憲法29条3項に違反しない。
- オ損失補償の請求は、補償規定を有する法律(土地収用法等)に基づくものが原則であるが、補償規定を欠く法律による財産権制限の場合にも、憲法29条3項を直接根拠として損失補償を請求できるとする見解が判例・学説上で認められている。
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ウが誤りです。「正当な補償」の時期について、判例・通説は事前補償が原則ではなく「補償と収用が同時に行われることが原則(同時補償)」または「事前補償も事後補償も憲法上許容される」という理解を基本としています。ただし、土地収用法は実務上事前補償(収用前に補償金を支払う)を採用しています(土地収用法上の手続として事前支払が義務化されている)。ウの記述は「事業の完成後に補償すれば足りる」としており、これは実態にも法制度にも合わない誤りです。また「事前補償は憲法上の要件ではない」という趣旨は学説上も議論がありますが、「事業完成後に補償すれば足りる」という純然たる事後補償で足りるという見解は通説・判例の立場ではありません。
損失補償の主要論点を整理します。適法行為と違法行為の区分(ア正しい): 損失補償は「適法な公権力行使」による「特別の犠牲」を補填する制度であり、「違法な公権力行使」による損害賠償(国賠法)とは適用局面が原則として異なります。もっとも、適法・違法の中間的場面(「谷間問題」)も存在します。完全補償の原則(イ正しい): 最判昭48.10.18は、土地収用における損失補償について「特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地から完全補償をすべき」という方向性を示しました。開発利益(事業によって上昇した価値)は「補償者が供出したものではない」ため補償額に含まれないとするのが実務・判例の立場です。補償の時期(ウ誤り): 憲法29条3項は補償の「時期」を明示していません。「事前補償」「同時補償」「事後補償」のいずれが必要かは解釈問題ですが、「事業完成後に補償すれば足りる」という純然たる事後補償を肯定する判例・通説はありません。土地収用法は明文で収用前の事前補償制度を採用しており(起業者の補償金支払い義務)、実務上は事前補償が基本です。社会的拘束(エ正しい): 軽微な財産権制限(建築基準法の用途制限・農地法の転用制限等)は「社会的拘束」として無補償で合憲です。補償規定欠如時の直接適用(オ正しい): 判例(最判昭43.11.27・河川附近地制限令事件)が29条3項の直接適用を示唆しています。
【理論的背景】
損失補償制度の根拠は「公平負担の原則」です。全体の利益のために特定の個人が過大な負担を強いられる場合、その負担を社会全体で分配すべきという公平の理念から補償義務が導かれます。憲法29条3項は財産権収用の補償を明示していますが、財産権以外の侵害(身体的侵害等)については損失補償と国家賠償の谷間問題が発生します。例えば予防接種の副作用による身体障害について、適法な行政行為で過失もない場合には国賠法(過失要件あり)が使えず、損失補償(財産権以外の身体的侵害)も典型的ではなく、「谷間」に落ちる被害者が生じます。この問題は立法的解決(予防接種法の給付制度等)と司法的救済の両面で対応が図られています。
【実務・条文構造】
補償の時期について土地収用法の規定を確認します。土地収用法は、収用裁決(収用委員会による収用の決定)と損失補償の裁決を同一の機会に行い(同時裁決の原則)、起業者は収用の時期(明渡し期限)までに補償金を支払わなければならないと定めています。つまり法制度上は「収用前の支払い(実質的事前補償)」が義務化されています。「事業完成後に補償すれば足りる(ウの誤り)」という理解は土地収用法の制度設計と矛盾します。開発利益の控除について、土地収用法は事業の施行によって通常生ずる損失(「通損補償」)を補償対象とし、事業施行で生じた開発利益(価格の上昇分)は補償額から控除する仕組みをとっています。
【試験での位置づけ】
「事前補償・同時補償・事後補償のどれが憲法上の要求か」は行政書士試験でも出題される細かい論点です。「事業完成後の補償で足りる(×)」という誤りと「事前補償が憲法上の絶対的要件(×・判例は明示していない)」の両極端を避けた正確な理解が必要です。実務的には土地収用法の事前補償制度を理解することが重要です。開発利益の控除(補償額に含まれない)も判例・実務の重要論点です。
【各選択肢の発展補足】
- ア(正): 損失補償(適法・特別の犠牲)と国賠(違法・有過失)の適用区分の正確な説明。ただし谷間問題(適法だが過失なし・財産権以外の侵害)が残る点も理解しておく必要があります。
- イ(正): 完全補償の原則(最判昭48.10.18)と開発利益の控除(補償額不算入)を正確に説明しています。開発利益の「補償不算入」は、事業によって価値が上昇した分を補償者が供出したものではないという理由からです。
- ウ(誤・正答): 「事業完成後に補償すれば足りる」という純然たる事後補償説は判例・通説の立場ではありません。土地収用法は実質的事前補償(収用時期までの支払い義務)を採用しており、「事後補償で足りる」という断定は誤りです。
- エ(正): 社会的拘束論の正確な説明。財産権の内在的制約(憲法29条2項の「公共の福祉」に基づく制限)は補償なしで許容されます。建築基準法・都市計画法の用途地域制限等が典型例です。
- オ(正): 河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)が憲法29条3項の直接適用の余地を認めた判例です。補償規定を欠く法律でも直接請求できるとする見解が判例・学説上認められています。
【根拠条文】
日本国憲法 第29条第3項(財産権の補償)、土地収用法(補償の時期・方法)
【参照判例】
最判 昭和48年10月18日(完全補償の原則・開発利益の控除)
【補足】
「事業完成後補償で足りる(×)」が典型的な誤り選択肢。実務上は土地収用法が収用時期までの補償金支払いを義務化(実質的事前補償)。開発利益は補償額に含まれない。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 日本国憲法 第29条第3項、土地収用法 判例: 最判昭和48年10月18日(損失補償・完全補償の原則) 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。