衛生管理者 労働生理 問77:ストレス・疲労
コルチゾールとHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)のストレス反応に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- アコルチゾールは副腎髄質から分泌される糖質コルチコイドであり、急性ストレス反応においてアドレナリンとともに「fight or flight」反応を担う即座の化学的シグナルである。
- イHPA軸は視床下部からのCRH(コルチコトロピン放出ホルモン)→下垂体からのACTH(副腎皮質刺激ホルモン)→副腎皮質からのコルチゾール分泌という経路で作動し、コルチゾールが視床下部・下垂体にフィードバック(負のフィードバック)してCRH・ACTH分泌を抑制する。正答
- ウ急性ストレス時のコルチゾール上昇はエネルギー動員(血糖上昇・タンパク分解・脂肪分解促進)と免疫機能の増強(免疫細胞の活性化)を引き起こし、感染防御能を高める効果がある。
- エコルチゾールの分泌は一日を通じて一定であり、概日リズム(サーカディアンリズム)を持たない。ストレス負荷時のみ急激に上昇する。
- オ慢性的な心理社会的ストレスによるコルチゾールの持続的高値は、骨形成を促進して骨密度を増加させ、筋タンパク質の合成を高めて筋肉量を増大させるなど、長期的にはむしろ身体を強化する方向に作用することが研究で示されている。
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正しいのはイです。ストレス反応のHPA軸は「視床下部からCRH分泌→下垂体前葉からACTH分泌→副腎皮質からコルチゾール分泌」という3段階の経路で作動します。そしてコルチゾールが視床下部・下垂体にフィードバックしてCRH・ACTH分泌を抑制(負のフィードバック)します。
各誤りの要点: ア→コルチゾールは副腎皮質から分泌(副腎髄質からはアドレナリン・ノルアドレナリン)(誤り)。ウ→急性ストレス時のコルチゾールは免疫を抑制する(免疫機能の増強ではない)(誤り)。エ→コルチゾールは概日リズムを持ち、早朝に最高値・夜間に最低値(概日リズムがないは誤り)。オ→慢性高コルチゾールは骨形成を抑制して骨密度を低下させ、筋タンパク質を分解して筋萎縮を起こす(「身体を強化する」は作用方向が逆で誤り)。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): コルチゾール(cortisol)は副腎皮質(束状帯)から分泌される糖質コルチコイド(glucocorticoid)です。副腎髄質から分泌されるのはアドレナリン(エピネフリン)とノルアドレナリン(カテコールアミン)です。コルチゾールは急性ストレス反応にも関与しますが、アドレナリンとは分泌部位(皮質 vs. 髄質)・化学的性質(ステロイド vs. アミン)・作用発現の速さ(数時間 vs. 秒〜分)が根本的に異なります。「副腎髄質から分泌」は明確な誤りです。
- イ(正): HPA軸(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)の詳細: ①視床下部の傍室核(PVN)からCRH(41個アミノ酸)が下垂体門脈系に分泌②下垂体前葉の副腎皮質刺激ホルモン産生細胞(corticotroph)がCRHに応答してACTH(39個アミノ酸)を血流に放出③副腎皮質の束状帯がACTHに応答してコルチゾールを分泌④コルチゾール→視床下部・下垂体前葉のグルコルチコイド受容体(GR)→負のフィードバック→CRH・ACTH分泌抑制。
- ウ(誤): コルチゾールは急性・慢性ともに免疫を抑制します(免疫増強は誤り)。免疫抑制の機序: ①リンパ球のアポトーシス誘導②IL-2等の炎症性サイトカイン産生抑制③NK細胞活性低下④マクロファージの活性化抑制。この免疫抑制作用がコルチゾール(ステロイド薬)を抗炎症薬・免疫抑制薬として使用する根拠です。「感染防御能を高める」は逆の記述です。ただし免疫の「誘発」フェーズ(アラーミン)では一時的に免疫応答が促進される面もあります。
- エ(誤): コルチゾールは明確な概日リズム(サーカディアンリズム)を持ちます。早朝(起床前6時頃)に最高値(血清コルチゾール: 20〜25μg/dL)、深夜から早朝にかけて最低値(3〜5μg/dL)。このリズムは視交叉上核(生物時計)が制御し、視床下部CRH→ACTH→コルチゾールのパルス様分泌に乗っています。「一日を通じて一定・概日リズムなし」は明確な誤りです。副腎皮質機能低下症(アジソン病)・クッシング症候群ではこのリズムが失われます。
- オ(誤): 慢性高コルチゾールの作用方向が完全に逆です。実際の慢性ストレスによるコルチゾール高値の多系統的「害」: ①神経系(海馬のグルコルチコイド受容体を介した神経細胞死・シナプス再構成→記憶・学習障害・うつ病)②免疫系(感染症リスク増大・ワクチン効果低下)③骨代謝(骨芽細胞抑制・骨吸収増進→骨密度低下・骨粗鬆症)④代謝系(インスリン抵抗性→高血糖・糖尿病リスク)⑤心血管系(血圧上昇・脂質異常症)⑥筋萎縮(タンパク質の異化=分解促進→筋肉量低下)。コルチゾールは異化(カタボリック)ホルモンであり、「骨密度を増加させ筋肉量を増大させて身体を強化する」という設問オは作用方向が逆で誤りです。これが「過労は体に悪い」の生物学的根拠です。
#### 1. HPA軸の詳細調節と分子メカニズム
HPA軸の多段階調節:
CRHの調節:
- 促進: 低血糖・低血圧・炎症性サイトカイン(IL-1β・TNF-α)・心理的ストレス・寒冷
- 抑制: コルチゾール(負のフィードバック)・GABA・内因性オピオイド
下垂体のACTH産生:
- POMC(プロオピオメラノコルチン)という前駆体からACTH・β-エンドルフィン・α-MSHが産生(一つの遺伝子から複数のペプチドが切り出される)
- CRH→cAMP→PKA→POMC遺伝子転写活性化→ACTH産生
副腎皮質でのコルチゾール産生:
- ACTH→MC2R(melanocortin 2 receptor)→cAMP→コレステロール→プロゲステロン→コルチゾール(多段階のP450酵素群が触媒: CYP11A1・CYP17A1・CYP21A2・CYP11B1)
グルコルチコイド受容体(GR)による遺伝子調節:
- コルチゾール(脂溶性)→細胞膜を通過→細胞質のGRに結合→核内移行→GREに結合→遺伝子転写制御(数百の遺伝子に影響)
- 効果発現に数時間かかる(ゲノム効果)
- 非ゲノム効果(膜受容体)も一部存在(数秒〜分)
#### 2. アロスタティックロードと慢性ストレスの病態
アロスタシス(allostasis)とアロスタティックロード(allostatic load):
- アロスタシス: 変化に適応してホメオスタシスを達成する能力(HPA軸・交感神経・免疫系の動的調節)
- アロスタティックロード: 慢性的なストレスによってアロスタシスの維持コスト(生物学的「摩耗」)が蓄積した状態
慢性コルチゾール高値の臓器別影響(詳細):
海馬への影響(最重要):
- 海馬には高密度のグルコルチコイド受容体(GR・MR)が存在→ストレス記憶の形成・恐怖記憶の消去
- 慢性高コルチゾール: 海馬のCA3神経細胞の樹状突起退縮・BDNF低下・新生ニューロン(neurogenesis)減少
- 臨床的帰結: 記憶障害・認知機能低下・大うつ病の海馬萎縮(MRIで確認可能)
- PTSD: 海馬の容積減少が指標の一つ
代謝への影響(職場健康管理):
- 肝臓: PEPCK誘導→糖新生亢進→空腹時高血糖
- 筋肉: タンパク分解(糖新生原料供給)→筋萎縮・筋力低下
- 脂肪組織: 内臓脂肪への脂質蓄積促進(腹部肥満)→インスリン抵抗性
- 膵臓: インスリン分泌を相対的に増加(高血糖を覆いきれない量)→耐糖能異常
免疫への影響(感染リスク):
- Th1/Th2バランスのTh2シフト(アレルギー反応の促進・ウイルス感染への防御低下)
- NK細胞活性化の抑制(腫瘍免疫の低下)
- ワクチン接種時のコルチゾール高値→ワクチン免疫応答の減弱
#### 3. ストレスチェック制度とHPA軸(産業衛生の実践)
ストレスチェック制度(安衛法66条の10)とHPA軸の関係:
- ストレス→HPA軸活性化→コルチゾール上昇→多系統障害のメカニズムが明らかになったことが、職場のストレス管理を重視する科学的根拠
- ストレスチェックの57項目(職業性ストレス簡易調査票)は「仕事の負荷」「コントロール感」「職場のサポート」を評価
- 高ストレス者への産業医面接→早期介入→HPA軸の慢性亢進を防ぐ
生体指標(バイオマーカー)を使ったストレス評価(研究的応用):
- 唾液コルチゾール: 侵襲なく測定可能(起床直後・30分後のCAR: cortisol awakening responseが指標)
- 唾液アミラーゼ: 交感神経活性の指標
- 心拍変動性(HRV): 副交感神経・自律神経バランスの指標
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場への応用
試験では「コルチゾール=副腎皮質(束状帯)から分泌(副腎髄質からはアドレナリン)」「HPA軸: CRH(視床下部)→ACTH(下垂体前葉)→コルチゾール(副腎皮質)→負のFB」「コルチゾールの概日リズム: 早朝最高・深夜最低」「コルチゾール=免疫抑制(免疫増強は誤り)」「慢性高コルチゾール=海馬損傷・免疫抑制・骨密度低下・高血糖・高血圧・筋萎縮(身体を強化するのではなく異化=消耗させる)」が頻出です。アの誤りは副腎皮質と髄質の混同・ウの誤りは免疫の方向性の逆転・オの誤りはコルチゾール慢性高値の作用方向(強化ではなく消耗)の逆転です。
【根拠】医学的事実(確立した内分泌学・ストレス生理学)。HPA軸の経路・コルチゾールの分泌部位・免疫抑制作用・概日リズム・慢性高値の多系統障害は確立した知識。
【補足】イが正答:HPA軸=CRH(視床下部)→ACTH(下垂体前葉)→コルチゾール(副腎皮質)→負のFB。コルチゾールは副腎皮質(髄質ではない・ア誤り)・免疫抑制(増強ではない・ウ誤り)・概日リズムあり(なしは誤り・エ)。慢性高値は骨密度低下・筋萎縮など異化=消耗方向に作用(身体を強化するは逆で誤り・オ)。よって正しいのはイのみ(単一正答)。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した内分泌学・ストレス生理学)。HPA軸の経路(CRH→ACTH→コルチゾール)と負のフィードバックは確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。