衛生管理者 労働生理 問40:ストレス・疲労
労働による疲労およびストレスに関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア筋肉疲労は主に筋肉内でのエネルギー基質(グリコーゲン)の枯渇と乳酸などの代謝産物の蓄積によって生じ、十分な休息によって回復が可能である。
- イ精神的疲労(中枢性疲労)は、大脳皮質や前頭前野などの高次神経機能の持続的な使用により生じるとされ、筋肉疲労と同様に筋肉内の乳酸蓄積が主因である。正答
- ウ過労(慢性疲労)は、疲労の回復が不完全なまま次の作業に入ることが繰り返されることで蓄積し、慢性的な健康障害(過労死・過労自殺を含む)につながるリスクがある。
- エセリエ(Selye)が提唱した「汎適応症候群(GAS)」では、ストレスに対する生体応答は警告反応期・抵抗期・疲弊期の3段階で進行し、ストレスが長期化すると疲弊期に至って抵抗力が低下する。
- オ産業疲労の評価には、自覚症状(疲労感)の他に、フリッカー値(CFF:臨界融合頻度)が中枢神経系の疲労の客観的指標として用いられることがある。
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誤りはイです。「精神的疲労も筋肉内の乳酸蓄積が主因」という部分が誤りです。精神的疲労(中枢性疲労)は脳・神経系(大脳皮質・前頭前野)の機能低下によって生じるものであり、筋肉内の乳酸蓄積とは異なるメカニズムです。長時間の集中的な思考・判断・感情労働によって生じ、脳内の神経伝達物質(セロトニン・ドパミン等)の変化が関与するとされています。
その他の選択肢は正しい内容です。筋肉疲労の機序(グリコーゲン枯渇・乳酸蓄積・休息で回復)(ア・正)。過労の蓄積と健康リスク(ウ・正)。セリエのGASの3段階(エ・正)。フリッカー値が中枢疲労の客観的指標(オ・正)はいずれも正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 骨格筋の疲労機序は複合的です。主要因: ①ATP・クレアチンリン酸(CP)の枯渇(速筋への即時エネルギー)②グリコーゲン枯渇(長時間運動)③乳酸・水素イオン蓄積によるpH低下(筋の収縮メカニズム障害)④Ca²⁺の処理能力低下(SR-Ca²⁺ポンプの機能低下)。適切な休息(特に有酸素運動での乳酸のミトコンドリア代謝・グリコーゲン補充)で回復します。
- イ(誤): 精神的疲労(心理的疲労・中枢性疲労)の主因は筋肉内乳酸蓄積ではなく、脳・中枢神経系の機能変化です。具体的には: 前頭前野の持続的使用による認知機能低下・セロトニン・ドパミン等の神経伝達物質の枯渇・炎症性サイトカイン(IL-6等)の上昇・グルタミン酸過剰蓄積(興奮毒性)等が関与するとされます。乳酸は脳のエネルギー源として使われる場合もあります。
- ウ(正): 過労死・過労自殺(カロウシ)は1980〜90年代から日本で社会問題化し、脳・心臓疾患(くも膜下出血・心筋梗塞等)を過重業務との因果関係で認定する労災判例が積み重なっています。月80時間超の残業が「過労死ライン」として認知されています。
- エ(正): セリエ(Hans Selye, 1936〜)の汎適応症候群(GAS: General Adaptation Syndrome): 第1期(警告反応期):ストレスに対して交感神経・副腎髄質が活性化する。第2期(抵抗期):適応が成立し抵抗力が高まる。第3期(疲弊期):ストレスが長続きすると適応力が限界に達し、抵抗力が低下・疾病に至る。この3段階モデルは現代のストレス生理学の基礎となっています。
- オ(正): フリッカー値(臨界融合頻度・CFF)は点滅する光がちらつきとして認識できる最高の点滅数で、疲労とともに低下します(脳の情報処理速度低下の指標)。産業場面での中枢疲労評価に使用されます。他の客観的疲労指標: 反応時間延長・エラー率増加・心拍変動性(HRV)の変化・唾液アミラーゼ活性上昇。
【理論的背景】
疲労は「生理的疲労(作業能率の低下という客観的事実)」と「疲労感(主観的な疲れの感覚)」の二面性を持ちます。この二つは必ずしも一致せず、精神的興奮・カフェイン・薬物などで疲労感を抑制しても生理的疲労は蓄積します。
疲労の分類:
| 分類 | 機序 | 特徴 | 回復策 |
|---|---|---|---|
| 筋肉疲労(末梢性) | グリコーゲン枯渇・乳酸蓄積・pH低下 | 局所筋肉の弛緩不全・筋痛 | 休息・栄養補給(グリコーゲン回復に8〜24時間) |
| 神経疲労(中枢性) | 神経伝達物質枯渇・前頭前野機能低下 | 判断力低下・集中力低下・反応遅延 | 睡眠・休息(神経伝達物質の回復) |
| 感覚疲労 | 感覚器の適応(順応) | 反復刺激への感度低下 | 刺激からの離脱 |
| 精神的疲労 | 情動労働・認知負荷の持続 | 意欲低下・感情鈍化・バーンアウト | 休暇・支援・認知行動療法 |
セリエの汎適応症候群(GAS)と職業ストレス:
- 急性ストレス反応: 交感神経+副腎髄質(アドレナリン)→fight-or-flight→血糖上昇・心拍増加・血圧上昇(数分〜数時間)
- 慢性ストレス: HPA軸活性化→コルチゾール持続高値→免疫抑制・高血糖・高血圧・骨粗鬆症・海馬萎縮(記憶障害)
- 疲弊期の病態: 免疫機能低下→感染症・悪性腫瘍リスク上昇・心血管疾患・うつ病
産業疲労の測定指標(多次元的評価):
1. 主観的指標: 疲労自覚症状調べ(JNIOSH版・11カテゴリー30症状)・VAS(視覚アナログスケール)
2. 神経機能検査: フリッカー値(CFF)・反応時間・計算課題正解率
3. 生理・生化学的指標: 唾液コルチゾール・唾液アミラーゼ(α-アミラーゼ:交感神経活性の指標)・心拍変動性(HRV:自律神経バランス)・乳酸値(運動疲労)
4. 作業能率: エラー率・産出量・品質
【実務・条文構造】
職場における疲労・ストレス管理(衛生管理者の実務):
過労死防止対策推進法(2014年)と衛生管理者の責務:
- 長時間労働者への面接指導(安衛法第66条の8): 月80時間超の時間外労働者→産業医面接
- 時間外労働の上限規制(労基法改正2019年): 原則月45時間・年360時間(特別条項でも720時間・単月100時間未満)
- 衛生委員会での審議事項: 長時間労働・ストレスチェック・産業医意見の取り扱い
ストレスチェック制度(安衛法第66条の10):
- 実施義務: 常時50人以上(50人未満は努力義務)
- 実施頻度: 年1回
- 目的: 一次予防(ストレスに気づく機会・高ストレス者の医師面談)
- 集団分析: 職場ごとのストレス傾向を分析し、職場環境改善に活用
EAP(従業員支援プログラム)と4つのケア(厚労省指針):
- セルフケア: 労働者自身のストレス対処
- ラインケア: 管理監督者(上司)によるケア
- 事業場内産業保健スタッフケア: 産業医・衛生管理者・保健師
- 事業場外資源ケア: EAP・地域産業保健センター・精神科等
【試験での位置づけ】
疲労・ストレスの問題では「筋肉疲労=乳酸蓄積・グリコーゲン枯渇(末梢性)」「精神的疲労=中枢神経系の機能変化(乳酸蓄積ではない)」「セリエのGAS=3段階(警告・抵抗・疲弊)」「フリッカー値=中枢疲労の客観的指標」「過労死ライン=月80時間超の時間外労働」が最頻出です。イの誤りは「精神的疲労も乳酸蓄積が原因」という混同で、筋肉疲労と精神的疲労の機序の違いを確実に押さえてください。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 乳酸は「疲労物質」として有名ですが、実際には乳酸自体がエネルギー源として使われ(乳酸シャトル仮説)、疲労の真の原因は乳酸よりも筋細胞内のpH低下(水素イオン蓄積)・Ca²⁺ポンプ機能低下・ATPの絶対量不足にあるとする現代の理解があります。ただし衛生管理者試験では「乳酸蓄積が筋肉疲労に関与する」という記述は正しい知識として扱われます。
- イ: 情動労働(emotional labor)は対人サービス職(介護・保育・医療・接客等)で感情を管理しながら働く負担を指します。表層演技(本当は感じていない感情を表に出す)は心理的疲弊をもたらします。これは筋肉疲労とは全く別のメカニズムで生じる職業性ストレスです。
- ウ: 過労死等防止対策推進協議会・厚生労働省の「過労死等防止対策白書」(毎年公表)は衛生管理者・産業医の業務に直接関係します。「100時間/月を超える残業1ヶ月」「80時間/月超の残業2〜6ヶ月間」が脳・心臓疾患の労災認定の行政的な目安(過労死ライン)です。
- エ: セリエの汎適応症候群は1936年の論文が起源で、コルチゾールの発見(1948年)以前の業績でもあります。後にその生物学的実体がHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)であることが明らかになりました。日本での職業性ストレスモデルとして「デマンド-コントロール-サポートモデル(カラセック)」「努力-報酬不均衡モデル(ジーゲリスト)」も重要です。
- オ: フリッカー値(CFF:critical fusion frequency)の測定原理は「一定の周波数で点滅する光を見せ、融合してちらつきが消える最低周波数を測定する」ものです。CFFは通常30〜45Hzで、疲労とともに低下します。現場での簡易測定器具として活用されますが、視力障害・光過敏などの影響を受けるため、複数の指標と組み合わせて評価します。
【根拠】医学的事実(確立した労働生理学・職業医学)。精神的疲労が筋肉内乳酸蓄積ではなく中枢神経系の機能変化によるものであること・セリエのGASの3段階・フリッカー値の意義は確立した知識。
【補足】精神的疲労(中枢性疲労)は中枢神経系の機能変化が主因(筋肉の乳酸蓄積は誤り)。筋肉疲労=グリコーゲン枯渇・乳酸蓄積(末梢性)。セリエのGAS=警告反応期→抵抗期→疲弊期の3段階。フリッカー値=中枢疲労の客観的指標。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した労働生理学・職業医学)。精神的疲労は筋肉内の乳酸蓄積ではなく中枢神経系の機能変化が主因であることは確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。