衛生管理者 労働生理 問57:神経・筋
疼痛(痛み)のメカニズムに関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア急性痛(一次痛)は主に有髄のAδ線維によって伝達され、鋭くて局在が明確な「刺すような痛み」として知覚される。慢性の鈍い痛み(二次痛)は主に無髄のC線維によって伝達される。正答
- イ痛みの脊髄における調節(ゲートコントロール理論)では、太い神経線維(Aβ線維:触覚)の刺激は脊髄後角の介在ニューロンを介して痛みのシグナル(C線維・Aδ線維からの入力)を「開く(増強する)」。
- ウ慢性疼痛は急性疼痛が長引いたものであり、神経系の変化(中枢感作・末梢感作)は伴わない。原因の病巣が消失すれば、慢性疼痛も自然に消失する。
- エモルヒネ等のオピオイド鎮痛薬は、オピオイド受容体に作用して鎮痛効果を発揮するが、内因性オピオイドは存在しない。「エンドルフィン」「エンケファリン」は過去の誤った概念であり、現代の神経科学では否定されている。
- オ痛みの感覚(侵害受容)は不快だが、傷や感染に対して身体を保護する生物学的に重要なアラームシステムではなく、単なる心理的現象である。
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正しいのはアです。痛みには速い「一次痛」(Aδ線維が伝達・鋭くて局在が明確)と遅い「二次痛」(C線維が伝達・鈍くてじんじんとした痛み)があります。例えばハンマーで指を打つと最初に「鋭い痛み」(Aδ)、続いて「じんじんした鈍い痛み」(C)が来るのはこの2相の痛みの違いです。
各誤りの要点: イ→ゲートコントロール理論では太い神経線維(Aβ)の刺激が痛みのシグナルを「閉じる(抑制する)」(マッサージが痛みを和らげる原理)。ウ→慢性疼痛は中枢感作・末梢感作という神経系の変化を伴い、病巣消失後も持続することがある(慢性疼痛の本質)。エ→内因性オピオイド(エンドルフィン・エンケファリン・ダイノルフィン)は実在し、神経科学で確立した概念(「存在しない・否定された」は誤り)。オ→痛みは生物学的に重要なアラームシステムであり(先天性無痛覚症では感染・骨折を知覚できず危険)、「心理的現象のみ」は誤り。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 侵害受容性疼痛の神経伝達の二相性: Aδ線維(有髄・直径2〜5μm・伝導速度5〜30m/s): 鋭い・刺すような・局在明確な一次痛(first pain)を伝達。C線維(無髄・直径0.2〜1.5μm・伝導速度0.5〜2m/s): 鈍い・うずくような・局在不明確な二次痛(second pain)を伝達。この2相の違いを実感できる例: 針で指を刺す→最初に鋭い痛み(Aδ)→続いてじんじんした痛み(C)。
- イ(誤): ゲートコントロール理論(Melzack・Wall, 1965): 脊髄後角の介在ニューロン(substantia gelatinosa)がゲートとして機能。太い線維(Aβ:触圧覚)の刺激→介在ニューロンを活性化→C線維・Aδ線維の入力を脊髄後角の二次ニューロンへ伝わるのを抑制(閉じる)。これがマッサージ・温罨法・電気刺激(TENS)が痛みを和らげるメカニズム。「開く(増強する)」は逆です。
- ウ(誤): 慢性疼痛(chronic pain)は急性疼痛とは質的に異なる病態です。末梢感作(peripheral sensitization): 炎症→プロスタグランジン・ブラジキニン→侵害受容器の閾値低下→より少ない刺激でも痛む(allodynia: 通常は痛くない刺激が痛む・hyperalgesia: 痛みが増強)。中枢感作(central sensitization): 脊髄後角・脳の痛み処理回路が過興奮状態→病巣が消えても痛みが持続→慢性疼痛・線維筋痛症・CRPS(複合性局所疼痛症候群)。
- エ(誤): 内因性オピオイドは実在します。β-エンドルフィン・エンケファリン・ダイノルフィンは神経系に存在する内因性のオピオイドペプチドで、μ・κ・δオピオイド受容体に結合して鎮痛・euphoria(多幸感)等を引き起こします。エンドルフィンは「内因性モルヒネ(endogenous morphine)」の造語です。運動後の「ランナーズハイ」もエンドルフィン・エンケファリン放出と関連します。「内因性オピオイドは存在しない・否定された概念」は明確な誤りです。
- オ(誤): 痛みは生物学的に不可欠な防衛シグナルです。先天性無痛覚症(congenital insensitivity to pain: CIP)の患者は痛みを感じられないため、骨折・感染・関節の変性を繰り返し、早期死亡率が高い。「痛みは単なる心理的現象」ではなく、侵害受容(nociception)という生理的な保護メカニズムです。ただし心理的・感情的因子が痛みの知覚に大きく影響することも事実です(bio-psycho-social model of pain)。
【理論的背景】
現代の疼痛科学は「生物-心理-社会モデル(bio-psycho-social model)」を基盤とします。痛みは「身体的な侵害受容」「心理的な苦痛と感情」「社会的・文化的・文脈的因子」の三者が相互作用した複合的な主観的体験です。
痛みの4分類(IASP: 国際疼痛学会):
1. 侵害受容性疼痛(nociceptive pain): 組織損傷に伴う正常な侵害受容器への刺激(骨折・切傷・炎症)
2. 神経障害性疼痛(neuropathic pain): 神経系そのものの損傷・機能異常(帯状疱疹後神経痛・糖尿病性神経障害・幻肢痛)
3. 侵害受容性+神経障害性(混合型): がん性疼痛など
4. 慢性一次性疼痛(chronic primary pain): 線維筋痛症・慢性腰痛・慢性広汎性疼痛(中枢感作が主体)
下行性疼痛抑制系(endogenous pain inhibition):
- 脳幹の中脳水道周囲灰白質(PAG)→延髄の大縫線核(NRM)→脊髄後角への下行性抑制
- セロトニン・ノルアドレナリン・オピオイドを介した抑制(SNRI・三環系抗うつ薬が慢性疼痛に有効な機序)
- 鍼治療・プラセボ効果の一部はこの内因性鎮痛系の活性化による
WHO疼痛ラダー(がん性疼痛治療の3段階):
- 第1段階: 軽度〜中等度の痛み→非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs・アセトアミノフェン)
- 第2段階: 中等度〜強い痛み→弱オピオイド(コデイン等)
- 第3段階: 強い痛み→強オピオイド(モルヒネ・オキシコドン等)±補助鎮痛薬
- 現在はラダー上での自由な段階の選択が推奨される(緩和医療)
【実務・条文構造】
疼痛と職場・産業保健:
慢性腰痛と職業性腰痛:
- 職業性腰痛は最も多い職業性の筋骨格系疾患(全労災中腰痛の件数が多い)
- 発症リスク: 重量物取扱い・不良姿勢・全身振動・単純反復作業・心理社会的ストレス(デマンド-コントロールモデル)
- 腰痛予防対策指針(厚生労働省): 重量物の上限(男性体重の40%・女性はその60%)・腰部保護用具・体操・早期復帰支援
神経障害性疼痛と職場:
- 糖尿病性神経障害(過重労働→血糖コントロール悪化→末梢神経障害)→手足の痛みと感覚低下
- 職業性振動曝露(vibration-induced white finger)→末梢神経障害→レイノー現象+神経障害性疼痛
- 帯状疱疹後神経痛(過重労働・免疫低下→帯状疱疹再活性化)→難治性の神経障害性疼痛→就労困難
疼痛と職業性生産性損失(presenteeism):
- 慢性疼痛を持ちながら出勤する「プレゼンティーイズム(presenteeism)」は生産性損失の主要因
- 腰痛・頭痛・筋骨格系の疼痛が最多
- 適切な疼痛治療・就業調整・リハビリが生産性回復に重要
【試験での位置づけ】
疼痛の問題では「Aδ線維(一次痛・鋭い・有髄)とC線維(二次痛・鈍い・無髄)」「ゲートコントロール理論=太い線維の刺激が痛みのゲートを閉じる(抑制:マッサージの原理)」「慢性疼痛は中枢感作・末梢感作を伴う(病巣消失後も持続しうる)」「内因性オピオイド(エンドルフィン等)+外因性オピオイド(モルヒネ)のμ受容体への作用」「痛みは生物学的保護シグナル」が頻出です。
【各選択肢の発展補足】
- ア: ダブルクラッシュ症候群(double crush syndrome): 1本の神経が2カ所以上で圧迫される場合、各圧迫点が単独では症状を起こさないレベルでも相乗効果で症状が出る現象です。頸椎椎間板疾患+手根管症候群(正中神経の二重圧迫)など。職業性の姿勢・反復動作が複数のポイントで神経を傷めることがあります。
- イ: TENS(経皮的電気神経刺激)は皮膚に電極を貼り、A線維に選択的な弱い電流を流すことでゲートコントロール機構を活用した非侵襲的な鎮痛法です。腰痛・膝関節痛・末梢神経障害性疼痛に使用されます。副作用が少なく、職場での疼痛管理(産業保健師・理学療法士との連携)でも活用されます。
- ウ: 中枢感作の概念は「痛み覚えは脳が変化する」ことを意味します。慢性疼痛では脳の構造(灰白質の体積変化)・機能(fMRIで示される疼痛処理回路の変化)が起きます。「痛みは気のせい」「根性で乗り越えろ」という誤った認識が慢性疼痛患者を傷つけます。産業保健の場面でも慢性疼痛の「見えない障害」への理解と適切な就業調整が重要です。
- エ: 依存性(addiction)とオピオイド: がん性疼痛や慢性疼痛の治療でオピオイドを適切に使用することと、乱用・依存は区別されます。日本では依然としてオピオイドの使用を過度に制限する傾向がありますが、適切な疼痛治療は患者のQOLと就業能力を維持するために重要です(緩和医療・産業保健の連携)。
【根拠】医学的事実(確立した神経科学・疼痛生理学)。Aδ線維(一次痛・鋭い・局在明確)とC線維(二次痛・鈍い・じんじん)の機能分担・ゲートコントロール理論(太い線維が痛みを抑制)・内因性オピオイド(エンドルフィン等)・痛みが生物学的保護シグナルであることは確立した知識。
【補足】Aδ線維=一次痛(鋭い・局在明確・有髄)、C線維=二次痛(鈍い・じんじん・無髄)。ゲートコントロール理論:Aβ(触圧覚)の刺激が痛みのゲートを「閉じる(抑制)」(「開く」は誤り)。慢性疼痛は中枢感作を伴い病巣消失後も持続しうる。痛みは生物学的保護シグナル。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した神経科学・疼痛生理学)。Aδ線維(一次痛・鋭い痛み)とC線維(二次痛・鈍い慢性痛)の伝達速度と痛みの質の違いは確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。