衛生管理者 労働生理 問75:代謝
糖新生と飢餓時の代謝変化に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア糖新生(gluconeogenesis)とは、グルコース以外の物質(アミノ酸・乳酸・グリセロール・ピルビン酸など)からグルコースを新たに合成する代謝経路であり、主に肝臓(一部は腎臓の皮質)で行われる。
- イ糖新生の主要な原料としては、筋肉タンパク質から産生されるアミノ酸(特にアラニン・グルタミン)、嫌気性解糖で生じた乳酸(コリ回路)、脂肪組織での中性脂肪分解で生じたグリセロールなどが挙げられる。
- ウインスリンは糖新生を抑制し、グルカゴンおよびコルチゾールは糖新生を促進する。このため絶食・低血糖状態ではグルカゴン分泌が増加して肝臓での糖新生が亢進し、血糖が維持される。
- エ長時間絶食(24〜72時間以上)では、脂肪組織でのリポリシス(脂肪分解)が亢進してケトン体(アセト酢酸・β-ヒドロキシ酪酸)が肝臓で産生増加する。ケトン体は脳のエネルギー源として利用できないため、絶食が長期化すると筋肉タンパク質の分解(糖新生)だけが脳のエネルギーを供給する。正答
- オ空腹時血糖値(8時間以上絶食後)は正常では70〜99 mg/dLの範囲に維持されており、これは肝臓でのグリコーゲン分解と糖新生、そして骨格筋・脂肪組織でのグルコース取り込み抑制(インスリン分泌低下)の協調によって保たれる。
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誤りはエです。「ケトン体は脳のエネルギー源として利用できない」という部分が誤りです。絶食が長期化すると、ケトン体(アセト酢酸・β-ヒドロキシ酪酸)は脳の重要なエネルギー源として積極的に利用されます。通常の脳はグルコースのみをエネルギー源として使いますが、長期絶食(2〜3日以上)ではケトン体を脳エネルギーの約60〜70%に使うように適応します。これにより絶食時に筋肉タンパクの分解(糖新生)が節約されます。ケトン体が脳で使えることが「長い絶食でも意識が保たれる」メカニズムの一つです。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 糖新生(GNG)は主に肝臓(総GNGの約85〜90%)と腎皮質(約10〜15%)で行われます(腎臓のGNGは長期絶食・アシドーシス時に特に重要)。主要な前駆体: ①糖原性アミノ酸(アラニン・グルタミン・グリシン・アスパラギン酸等の多く)②乳酸(コリ回路: 骨格筋の嫌気性解糖→乳酸→血流→肝臓→GNG→グルコース→血流→筋肉)③グリセロール(中性脂肪加水分解の副産物)④ピルビン酸。
- イ(正): アラニン-グルコース回路(グルコース-アラニン回路): 筋肉でのタンパク分解→アミノ基転移(ピルビン酸+アミノ基→アラニン)→アラニンが血流で肝臓に運ばれ→GNGの原料に(アラニン→ピルビン酸→GNG→グルコース)→グルコースが筋肉に戻る(窒素は肝臓で尿素回路で処理)。コリ回路(Cori cycle)は乳酸の肝臓でのリサイクルです。
- ウ(正): 糖新生の調節: インスリン(食後・高血糖時に分泌)→GNG抑制(PEPCK遺伝子転写抑制・FBPase抑制)。グルカゴン(低血糖時・絶食時に分泌)→GNG促進(PEPCK・F-1,6-BPase遺伝子転写促進・cAMP経路)。コルチゾール(ストレス時)→GNG促進(アミノ酸供給↑・PEPCK誘導)。このため重篤なストレス(重症感染症・外傷・手術)では高血糖が生じます(stress hyperglycemia)。
- エ(誤): 長期絶食でのケトン体の利用について: 正常ではグルコースを主なエネルギー源とする脳ですが、血中ケトン体濃度が上昇すると(絶食2〜3日以上で血中ケトン体0.5mmol/L超)、脳細胞がケトン体(β-ヒドロキシ酪酸・アセト酢酸)をエネルギー源として取り込み利用し始めます。長期絶食(3週間以上)では脳のエネルギーの約60〜70%をケトン体から得るようになります。これにより筋肉タンパクの分解による糖新生が節約され(グルコースの絶対需要量が減る)、筋肉量の維持に貢献します。「ケトン体が脳のエネルギー源として利用できない」は完全な誤りです。
- オ(正): 空腹時血糖(FBG)の維持機序: 最初(6〜12時間)は肝グリコーゲン分解(グリコゲノリシス)が主。12〜24時間以降はグリコーゲンが枯渇し、GNGが主体となります。骨格筋・脂肪組織はインスリン依存性にグルコースを取り込む組織なので、低インスリン環境(絶食)では取り込みが抑制→血糖を脳・赤血球などグルコース必須組織に「節約」します。
#### 1. 飢餓時の代謝変化のタイムコース
絶食による代謝変化の時系列(成人の場合):
0〜4時間(食後期→吸収後期移行):
- インスリン分泌低下・グルカゴン分泌開始
- 肝グリコーゲン分解開始(血糖維持)
- 脂肪組織でのリポリシス(脂肪分解)開始→脂肪酸放出→肝臓・筋肉でβ酸化
4〜16時間(絶食初期):
- 肝グリコーゲンがほぼ枯渇(約100g: 12〜16時間で消費)
- 糖新生が主体(アラニン・グルタミン・乳酸・グリセロールから)
- 軽度ケトン体産生開始
16〜48時間(絶食中期):
- 筋タンパク分解亢進→糖新生原料(アミノ酸)増加
- 脂肪酸β酸化がエネルギー主体→アセチルCoA過剰→ケトン体産生増加(β-ヒドロキシ酪酸・アセト酢酸)
- 脳のケトン体利用が増加(グルコース消費を節約)
48時間〜3週間(長期絶食):
- 脳のエネルギー源の60〜70%をケトン体が占める
- 筋タンパク分解が節約される(ケトン適応)
- グルコースが必要な組織(赤血球・骨髄・腎髄質)の分は少量のGNGで供給
3週間以上(極端な飢餓):
- 脂肪が枯渇→タンパク質分解が再び亢進→消耗(marasmus)
- 臓器不全・死亡に至る
#### 2. ケトン体の産生・利用と糖尿病性ケトアシドーシス
ケトン体産生(肝臓):
- 脂肪酸β酸化→アセチルCoA過剰→TCA回路キャパシティ超過(オキサロ酢酸不足: オキサロ酢酸がGNGに使われて減少)→アセチルCoA→アセト酢酸→β-ヒドロキシ酪酸(主要)・アセトン(呼気から排出)
ケトン体利用(肝臓以外の組織):
- 脳・心筋・骨格筋・腎皮質: β-ヒドロキシ酪酸→アセト酢酸→アセチルCoA→TCA→ATP産生
- 肝臓自身はケトン体を利用できない(3-オキソ酸CoAトランスフェラーゼが発現しない)
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)との違い:
- DKA: インスリン絶対的欠乏→グルカゴン過剰→脂肪分解・GNG・ケトン体産生が極端に亢進→血中ケトン体が10 mmol/L超→代謝性アシドーシス(pH<7.3)
- 飢餓性ケトーシス: ケトン体上昇はあるが2〜5 mmol/L(アシドーシスは軽度)→生理的適応
#### 3. 糖新生の律速酵素と薬物療法
糖新生の律速酵素:
- PEPCK(ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ): GNGの重要な律速酵素(オキサロ酢酸→PEP)
- FBPase-1(フルクトース1,6-二リン酸ホスファターゼ): F1,6-BP→F6-P(解糖系と逆反応)
- G6-Pase(グルコース6-ホスファターゼ): G6P→グルコース放出(肝臓・腎皮質にのみ存在)
メトホルミン(2型糖尿病治療薬)の作用:
- ミトコンドリア複合体I阻害→AMP/ATPあ比↑→AMPK活性化→PEPCK・G6Pase遺伝子の転写抑制→肝臓でのGNG抑制→食後・空腹時血糖低下
- インスリン非依存的な血糖降下→低血糖リスクが低い(単独使用時)
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場への応用
試験では「糖新生=グルコース以外(アミノ酸・乳酸・グリセロール等)からグルコースを合成・主に肝臓で行われる」「グルカゴン・コルチゾール=GNG促進、インスリン=GNG抑制」「長期絶食でケトン体が脳のエネルギー源として利用される(利用できないは誤り)」「空腹時血糖正常値=70〜99 mg/dL(肝グリコーゲン分解+GNGで維持)」が頻出です。エの誤りは「ケトン体が脳に利用されない」という長期絶食適応の誤解です。
職場への応用として、食事制限中の労働者・糖尿病治療中の労働者の血糖管理(低血糖リスク特に高所・機械操作作業での意識障害・転倒リスク)は衛生管理者が把握すべき重要事項です。
【根拠】医学的事実(確立した代謝生化学)。糖新生の前駆体・調節因子・長期絶食でのケトン体の脳利用・空腹時血糖の維持機序は確立した知識。
【補足】エが誤り:ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸・アセト酢酸)は長期絶食時に脳の重要なエネルギー源として積極的に利用される(利用できないは誤り)。これにより飢餓時の筋タンパク分解が節約される。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した代謝生化学)。長期絶食時にケトン体は脳の重要なエネルギー源として利用される。「ケトン体が脳のエネルギー源として利用できない」は誤りである。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。