行政書士 商法・会社法 問37:善管注意義務・忠実義務
株式会社の取締役の義務に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア取締役は、会社に対して善管注意義務を負うが、忠実義務はこれとは独立した義務であり、取締役が忠実義務に違反しても善管注意義務には違反しない場合がある。
- イ取締役の善管注意義務の水準は、取締役個人の実際の能力・知識・経験を基準に判断され、経験不足の取締役には低い水準が適用される。
- ウ取締役の経営判断については、一定の要件を満たす場合、裁判所は取締役の判断を尊重し、事後的な結果悪化のみを理由として善管注意義務違反と判断しない傾向がある。正答
- エ取締役が善管注意義務に違反して会社に損害を与えた場合、取締役は当然に損害賠償責任を負い、注意義務違反の立証責任は会社(原告)ではなく取締役(被告)が負う。
- オ監査役・執行役も会社に対して善管注意義務を負うが、その内容は取締役と全く同一であり、担当職務の違いによる義務内容の差異はない。
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取締役の善管注意義務に関する問題です。ウが正しい。取締役が経営判断を行う際、その決定過程・内容に相当な合理性があれば、たとえ事後的に損害が生じても善管注意義務違反とはならないという「経営判断原則(ビジネスジャッジメント・ルール)」が判例・裁判実務上認められています。アは誤り:判例・通説は忠実義務(355条)は善管注意義務(330条・民法644条)を株式会社に即して具体化したものであり、両義務は実質的に同一内容とされます(最大判昭45.6.24)。イは誤り:善管注意義務の水準は「善良な管理者として」という客観的な水準(取締役という地位にある者に期待される能力)で判断されます。
ウが正答の根拠(経営判断原則)
経営判断原則は、取締役の経営判断について以下の要件を満たす場合に裁判所が義務違反を認めないという法理です。①意思決定の過程(判断の前提となる情報収集・調査が相当か)、②判断内容そのもの(当時の状況下で著しく不合理でないか)。この両面から判断され、取締役が「合理的な理由に基づき、誠実に経営判断を行った」と認められれば、事後的に損失が生じても責任を負いません。日本の判例(最判平22.7.15等)もこの法理を採用しています。
各選択肢の誤りの核心
- ア: 最大判昭45.6.24(八幡製鉄事件)は「忠実義務は善管注意義務の特則ではなく、その具体的内容を示すもの」と判示し、両義務は実質同一とする立場が確立。「独立した義務」として分離する見解は少数説。
- イ: 善管注意義務の基準は「取締役という地位にある者に客観的に期待される注意」(客観的基準)。個人の能力が低くても低い基準は適用されない(むしろ「そういう人を選任した責任が会社・株主に問われる」という考え方)。
- エ: 取締役の注意義務違反の立証責任は原則として「会社(原告)」が負います。不法行為責任の場合(429条1項)も含め、違反の主張・立証は請求する側(会社・株主)が行うのが原則。
- オ: 善管注意義務の内容は「その職務内容に応じて」判断されます。監査役であれば「監査役として適切な監査を行うこと」、執行役は「業務執行に関して通常の経営者に期待される水準」というように、担当職務に応じた義務内容の差異があります。
【理論的背景:善管注意義務・忠実義務の法的根拠と一元論vs二元論】
会社法330条は「役員と会社の関係は、委任に関する規定に従う」と定め、民法644条の受任者の「善良な管理者の注意」義務が取締役に適用されます。355条は「忠実義務」として「法令・定款・株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行わなければならない」と定めます。
善管注意義務と忠実義務の関係について:一元論(最大判昭45.6.24八幡製鉄事件の立場)は「忠実義務は善管注意義務の具体的内容であり、両者は実質同一」と解します。二元論(有力な学説)は「忠実義務は善管注意義務とは独立した義務(利益相反防止・会社利益最大化の義務)であり、アメリカ法の信認義務(fiduciary duty)に相当する」と解します。一元論が判例の立場であるため試験では一元論を前提とする選択肢が正答になる可能性が高いです。
【実務・条文構造:経営判断原則の判例上の要件】
日本の裁判所が採用している経営判断原則の判断枠組み(最判平22.7.15等):
①情報収集・調査の相当性:経営判断の前提として必要な情報を合理的に収集・調査したか。②判断の合理性:収集した情報に基づき、取締役として著しく不合理でない判断をしたか。③手続的適正:意思決定の過程(取締役会付議・専門家への相談等)が適正か。
これらの要件を満たす場合、事後的に損失が生じても義務違反とはなりません。経営判断原則は「取締役が萎縮して経営判断を避けること(過度のリスク回避)を防ぐ」という趣旨があります。逆に言えば、①②③のいずれかに問題がある場合(情報なしに判断、著しく不合理な判断、重要事項を取締役会に諮らない等)は義務違反となりえます。
【試験での位置づけ:取締役の対会社責任と立証責任】
取締役の善管注意義務違反に基づく会社に対する損害賠償責任(423条1項)の構造は重要です。①会社(原告)が「取締役の任務懈怠(善管注意義務違反)と損害の発生・因果関係」を立証する。②取締役は「経営判断原則の要件を満たす」等を主張して免責を争う。また責任免除の仕組み(424条〜427条)も頻出で、全株主の同意による免除(424条)、定款の定めによる一部免除(425条)、責任限定契約(427条・社外取締役等の場合)が問われます。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 一元論(判例)によれば「355条(忠実義務)は330条(善管注意義務)の具体的内容として、特に会社との利益相反場面(競業・利益相反取引等)において強調されるもの」という理解が正確。競業取引(356条)・利益相反取引(356条)の規制は忠実義務の具体化として位置づけられます。
- イ: 客観的基準(取締役として一般に期待される水準)とする点は重要で、「取締役でも特定専門分野のみの担当者には低い水準が許される」というわけではありません。むしろ担当役員は担当分野について高い水準の義務を負います(例:財務担当取締役は財務について高い注意義務)。
- エ: 429条1項(第三者への損害賠償)は「悪意・重大な過失」を要件とし、「第三者」に対する責任規定として独立していますが、立証責任は請求側(第三者・会社)が負うのが原則です。ただし423条1項の任務懈怠責任の場合、取締役側が善管注意義務を尽くしたことを証明する動機があることから実質的な証明責任の転換が論じられる場合もありますが、形式的な立証責任は会社(原告)にあります。
【根拠条文】
会社法 第330条(役員と会社の関係=委任)
民法 第644条(受任者の善管注意義務)
会社法 第355条(忠実義務)
会社法 第423条第1項(役員の会社に対する損害賠償責任)
【参照判例】
最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日(八幡製鉄政治献金事件・忠実義務と善管注意義務の関係)
最高裁判所(小法廷)判決 平成22年7月15日(経営判断原則の要件に関する判示)
【補足】
一元論(忠実義務=善管注意義務の具体化)が判例の立場。経営判断原則は「情報収集の相当性+判断内容の合理性」で判断。立証責任は原告(会社・株主)が負う。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 会社法第330条(役員と会社の関係)・民法第644条(受任者の善管注意義務)・第355条(忠実義務) 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。