行政書士 民法 問58:相殺の禁止・不法行為債権を受働債権とする相殺
相殺の禁止に関する次のア〜オの記述のうち、現行民法の規定に照らして**正しいもの**はどれか。
- アAがBに対して故意による不法行為を加えて損害賠償債務を負った場合、Aはこの損害賠償債務(受働債権)をAのBに対する金銭債権(自働債権)と相殺することができる。
- イAがBに対して債務を負っているが、当事者間でこの債務について相殺を禁止する特約がなされている場合、第三者が当該禁止特約の存在について善意であれば第三者(AのBへの債権を譲り受けた者等)への対抗はできない。
- ウ差押えを受けた債権を受働債権として相殺することは、差押えの通知を受けた後に取得した自働債権であっても認められる。
- エAがBへの故意による不法行為で生じた「人身損害(生命・身体への侵害)」に基づく損害賠償請求権を受働債権として、Aは相殺することができない。正答
- オ相互に債務を有する当事者間において、一方の債務が「働かないことを目的とする債務」(例:不作為債務)である場合、相殺は一切認められない。
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エが正しい記述です。民法509条1号は「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」を受働債権とする相殺を禁止し、同条2号は「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」を受働債権とする相殺を禁止します。エは「故意による不法行為」かつ「人身損害」に基づく損害賠償請求権を受働債権とする場合です。少なくとも「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」は509条2号により相殺が禁止されるため(加害者の主観が故意か過失かを問わず)、エは正しい。アは、Aの不法行為が「悪意(積極的に他人を害する意思)による不法行為」であれば509条1号により相殺が禁止されるため、相殺できるとするアは誤りです。イは510条・466条の関係の問題で正確な分析が必要。ウは511条の差押えと相殺の問題で正確な規律が求められます。オは505条の「同種の目的」要件の問題ですが、不作為債務は金銭債務等と「同種」でないため相殺不可(505条1項)ですが「一切認められない」という表現は不正確な場合もあります。
エが正しい根拠を509条で確認します。509条は「次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない」として、(1)悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務(1号)、(2)人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(2号・過失による身体侵害も含む)を受働債権とする相殺を禁止します。ここで1号の「悪意」とは単なる故意では足りず「積極的に他人を害する意思(害意)」を意味する点に注意が必要です。エは少なくとも「人身損害(生命・身体の侵害)」にあたるため、加害者の主観を問わず2号により相殺が禁止され、Aは相殺できません(エは正しい)。アについて、Aの不法行為が「悪意(害意)による不法行為」であれば、その損害賠償債務を受働債権とする相殺は509条1号により禁止されるため、相殺できるとするアは誤りです。イについて、510条は「差押えを禁止された債権を受働債権とする相殺はできない」を定めますが、相殺禁止特約と第三者の善意については466条の類推適用が問題となる複雑な論点です(この選択肢の正確な評価は省略)。ウについて、511条1項は「差押えを受けた債権について、差押え後に取得した自働債権による相殺を禁止する場合あり」(差押え前に取得した自働債権との相殺は可)として正確な規律があり、「差押えの通知を受けた後に取得した自働債権でも相殺認められる」は誤りの場合があります。オについて、不作為義務など「同種の目的でない債務」は505条1項の相殺の要件(同種の目的)を欠くため相殺不可ですが、「一切認められない」という絶対的表現が問題です。
【理論的背景】
相殺の禁止には(1)法律上の禁止(509条〜511条)と(2)当事者の合意による禁止(505条2項)の二種類があります。法律上の禁止(509条)の趣旨は、(a)不法行為の被害者に現実の金銭給付を保障する(加害者が損害賠償債務を相殺で逃れることを防ぐ)、(b)生命・身体への損害は金銭による現実の補填が必要という政策的価値判断にあります。2020年改正前の民法509条は「不法行為に基づく損害賠償債務」を受働債権とする相殺を広く禁止していましたが、改正後は(1)悪意(故意)による不法行為(1号)と(2)生命・身体侵害(2号・過失による場合も含む)に限定して禁止し、過失による財産的損害の場合は相殺を認めるという整理がなされました(509条の改正)。
【条文構造の精密な理解】
- 505条1項: 相殺の要件(同種の目的の債務・弁済期の到来・禁止なし)。
- 505条2項: 当事者の合意による相殺禁止(任意的禁止特約)→466条との類推・特約を知らない第三者に対抗できるかが問題。
- 509条1号: 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務を受働債権とする相殺禁止。「悪意」=積極的に他人を害する意思(害意)。単なる故意では足りない。
- 509条2号: 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務を受働債権とする相殺禁止(過失による身体侵害も含む)。
- 510条: 差押禁止債権を受働債権とする相殺禁止。
- 511条1項: 差押えを受けた債権の債務者は、差押え後に取得した債権による相殺を差押債権者に対抗できない(差押え前取得債権は相殺可)。
- 511条2項: 差押え後に期限到来又は取得した債権についての特則。
【試験での位置づけ】
行政書士試験における相殺の禁止の典型的な出題パターンは、(a)悪意の不法行為(故意)に基づく損害賠償債務を受働債権とする相殺禁止(509条1号・アのような誤りを問う問題)、(b)生命・身体侵害による損害賠償債務の相殺禁止(509条2号・エのような正しい記述)、(c)差押えと相殺の関係(511条)の3パターンです。特に509条の改正(相殺禁止を「悪意(害意)による不法行為」と「生命・身体侵害(過失でも禁止)」に限定)は2020年改正のポイントであり、「過失による財産損害の賠償債務は相殺可」という現行法の変更を正確に把握することが重要です。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 誤り。Aの不法行為が「悪意(積極的な害意)」によるものであれば、その損害賠償債務を受働債権とする相殺は509条1号により禁止される。被害者(B)が現実の損害賠償金を受け取る権利(金銭受領への期待)を保護するため。なお1号の「悪意」は単なる故意では足りず害意を要する点に注意。
- イ: 複雑な論点を含む選択肢。505条2項の相殺禁止特約は「善意の第三者には対抗できない」とも解しうる(466条の類推)が、現行505条2項には466条のような「善意の第三者保護」規定はなく、条文上は特約の効力が第三者にも及ぶかは争いがある。行政書士試験レベルでは「相殺禁止特約がある場合でも第三者への対抗は条文上明確でない」というレベルでの理解で足りる。
- ウ: 誤り。511条1項は差押えを受けた債権の債務者が「差押え後に取得した自働債権」で相殺することを差押債権者に対抗できないとする。「差押えの通知を受けた後に取得した自働債権」での相殺は認められない(差押え前に取得した自働債権との相殺は可)。
- エ: 正しい(正答)。少なくとも509条2号(人身損害=生命・身体の侵害)に該当するため、加害者の主観を問わずAは相殺不可(さらにAの不法行為が害意によるものなら1号にも該当)。エは現行法509条の相殺禁止の典型事例として正しい。
- オ: 誤り。相殺の要件である「同種の目的」(505条1項)は、双方の債務が金銭債務同士など同種であることを意味する。一方の債務が不作為債務である場合、相手方の債務(例:金銭債務)とは「同種の目的」を欠くため相殺できないが、これは「同種でないから相殺適状に立たない」という相殺要件の問題であって、オのように「不作為債務だから一切相殺が認められない」と単純化して述べるのは正確でない(同種の給付であれば相殺の余地を一般的に否定する根拠にはならない)。いずれにせよ本問の正答は509条2号の典型例であるエ。
【根拠条文】
民法 第505条第1項(相殺の要件・同種の目的)
民法 第509条第1号・第2号(相殺の禁止・悪意の不法行為・人身損害)
民法 第511条第1項(差押えと相殺禁止)
【参照判例】
差押えと相殺の優劣につき「差押え前に取得した自働債権であれば、その弁済期の前後を問わず相殺をもって差押債権者に対抗できる」とした無制限説(最大判昭和45年6月24日・民集24巻6号587頁)。この判例法理は2020年改正の511条1項に反映されている。
【補足】
509条の2020年改正:「悪意(=積極的害意。単なる故意では足りない)による不法行為の損害賠償(1号)」「生命・身体侵害(過失も含む・2号)」に限定して相殺禁止。「過失による財産的損害の賠償債務を受働債権とする相殺」は現行法では禁止されない(改正で範囲が限定)。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 民法 第505条・第509条・第510条・第511条 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。