衛生管理者 労働生理 問10:循環器
心拍出量および運動時の循環変化に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア心拍出量は1回拍出量と心拍数の積で求められ、安静時の成人では1分間に約4〜5Lである。
- イ激しい運動を行うと、交感神経が活性化して心拍数が増加し、1回拍出量も増大するため、心拍出量は安静時の4〜5倍に増加することがある。
- ウ運動時には働いている骨格筋への血流量が増加するが、肝臓や腎臓への血流量は相対的に減少する。
- エスターリングの法則(Frank-Starling法則)によれば、心室への静脈還流量(前負荷)が増加すると心室の収縮力が弱まり、1回拍出量が減少する。正答
- オ運動トレーニングを継続すると、心臓の適応として安静時心拍数が低下(スポーツ心臓)する一方、1回拍出量が増大するため安静時の心拍出量はほぼ維持される。
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誤りはエです。スターリングの法則(Frank-Starling法則)は「心室への静脈還流量(前負荷)が増加するほど、心室の収縮力が強まり、1回拍出量が増加する」という法則です。エは「収縮力が弱まり・1回拍出量が減少する」と正反対の記述になっており、誤りです。心臓は流れ込んでくる血液量が増えるほど(ゴムのように引き伸ばされるほど)より強く収縮して多くの血液を送り出す、という自己調節機構です。
その他の選択肢はすべて正しい内容です。安静時心拍出量が約4〜5L(ア)、運動時に4〜5倍まで増加(イ)、筋肉への血流増加と内臓血流の相対的減少(ウ)、スポーツ心臓の特徴(オ)はいずれも正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 心拍出量(CO: Cardiac Output)= 1回拍出量(SV: Stroke Volume) × 心拍数(HR)。安静時の正常値: SV ≒ 70mL × HR ≒ 70拍/分 = 約4,900mL/分 ≒ 5L/分。
- イ(正): 最大運動時の心拍出量は訓練されていない成人で20〜25L/分、持久系アスリートでは35L/分以上に達することもあります。心拍数200拍/分近くまで上がり、1回拍出量も安静時の約2倍(140mLほど)に増加します。
- ウ(正): 運動時の血流再分配(循環の優先順位変化)は重要です。骨格筋への血流は安静時の約15〜20倍に増加します。その一方、内臓(肝臓・腎臓・消化管)への血流は相対的に減少します。心臓・脳への血流は維持されます。
- エ(誤): Frank-Starling法則は「心室が拡張するほど(充満量が多いほど)収縮力が増す」という法則です。前負荷増加→心筋の初期長増大→クロスブリッジ形成の効率向上→収縮力増大→1回拍出量増大というメカニズムです。「収縮力が弱まる・1回拍出量が減少する」は正反対の誤りです。
- オ(正): 持久的運動トレーニングによる心臓適応(スポーツ心臓): 左心室容積の増大→1回拍出量増加→同じ心拍出量をより少ない心拍数で賄える→安静時心拍数低下(徐脈)。長期間の有酸素運動トレーニングの結果です。
【理論的背景】
心拍出量の決定因子は4つに整理できます: ①前負荷(Preload)、②後負荷(Afterload)、③収縮性(Contractility)、④心拍数(HR)。Frank-Starling法則は前負荷が収縮力に与える影響を説明する基本法則です。
Frank-Starling法則の分子メカニズム:
- 心筋細胞が伸展される(前負荷増加)→サルコメア(筋節)の初期長が増大
- ミオシンとアクチンのクロスブリッジ(架橋)形成が最適化される
- Ca²⁺感受性が増大(トロポニンCのCa²⁺結合性が上昇)
- 収縮力が増強→1回拍出量増大(より多くの血液を駆出)
- この機構により、静脈還流量が増えた(右心室入力が多い)とき、左心室から自動的に同量を駆出できる(左右の心拍出量を等しく保つ)
生理的限界: 過度の前負荷(心筋が極端に伸展される)では逆にクロスブリッジ形成が阻害され収縮力が低下します(スターリング曲線の下降脚)。心不全はこの状態に近い病態です。
【実務・条文構造】
運動時の循環変化の全体像(衛生管理者として知っておく生理):
| パラメータ | 安静時 | 最大運動時(中等度訓練者) | 変化の主要因 |
|---|---|---|---|
| 心拍数(回/分) | 60〜80 | 180〜200 | 交感神経亢進 |
| 1回拍出量(mL) | 60〜80 | 120〜150 | Frank-Starling・カテコールアミン |
| 心拍出量(L/分) | 4〜5 | 20〜25 | 心拍数×1回拍出量 |
| 収縮期血圧(mmHg) | 120 | 180〜200 | 心拍出量増加 |
| 骨格筋血流(L/分) | 1.0〜1.2 | 15〜18 | 代謝性血管拡張・交感神経減退 |
| 内臓血流(L/分) | 2.5〜3.0 | 0.5〜1.0 | 交感神経血管収縮(優先順位変化) |
職場における過重労働・熱中症と循環:
- 高温環境での重労働: 熱放散のために皮膚血流が増加(交感神経による血管拡張)→筋肉への血流も増大→心臓への負担が二重に増大→循環器疾患リスク者は要注意
- 脱水: 静脈還流量(前負荷)低下→Frank-Starling機構でも補えなくなる→心拍出量低下→熱中症・ショック
- 過重労働で繰り返し交感神経過活動→慢性的な高血圧・心臓への後負荷増大→長期的心臓疾患リスク
【試験での位置づけ】
Frank-Starling法則問題では「前負荷(静脈還流量)が増加すると収縮力が増して1回拍出量が増加する」という正しい方向が問われます。エのように「収縮力が弱まる・1回拍出量が減少する」という逆の記述が典型的な誤りです。心拍出量の計算式(CO = SV × HR)・安静時の正常値(約5L/分)も頻出事項です。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 心係数(Cardiac Index)= 心拍出量 ÷ 体表面積(BSA)。正常値は2.5〜4.0 L/分/m²。体格差を補正した指標で、心機能の評価に用いられます。
- イ: 最大酸素摂取量(VO₂max)はCO(心拍出量)と筋肉の酸素利用能力(動静脈酸素較差)の積です(フィックの法則)。VO₂max = CO × (CaO₂ - CvO₂)。持久的スポーツ選手はVO₂maxが高く、それは主として最大心拍出量が大きいことによります。
- ウ: 運動後に食事をしても消化吸収が悪いのは、内臓(消化管)への血流が運動中に減少し、運動後もしばらく回復に時間がかかるためです。運動直後の消化管血流低下は胃腸症状(吐き気・腹痛)の原因ともなります。
- オ: スポーツ心臓(アスリートの心臓)では心電図上の洞性徐脈・心室肥大所見が見られることがあり、一般人では病的所見(心臓病)と誤解されることがあります。安静時心拍数40〜50拍/分の持久系アスリートは珍しくありません。これは心臓の健全な適応(肥大・拡張)です。
【根拠】医学的事実(確立した生理学)。Frank-Starling法則・心拍出量の規定因子・運動時の循環変化は循環生理学の基礎概念として確立。
【補足】Frank-Starling法則=前負荷増加→収縮力増強・1回拍出量増加(逆ではない)。心拍出量≒5L/分(安静時)。運動時は筋肉への血流が増え、内臓血流が相対的に減少する。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した生理学)。Frank-Starling法則・運動時循環変化・心拍出量の定義は確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。