衛生管理者 労働生理 問70:神経・筋
骨格筋の収縮様式に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア等尺性収縮(isometric contraction)とは、筋肉の長さが変化しないまま筋張力を発揮する収縮様式であり、壁を手で押す動作や、重い物を一定の位置に保持する姿勢維持がその例である。
- イ等張性収縮(isotonic contraction)とは、筋張力が一定のまま筋肉の長さが変化する収縮様式であり、求心性収縮(concentric contraction)と遠心性収縮(eccentric contraction)に分けられる。
- ウ等張性収縮の中で、筋肉が短縮しながら張力を発揮する場合を求心性収縮(起重機が荷物を持ち上げる動作の筋収縮)といい、筋肉が伸張されながら張力を発揮する場合を遠心性収縮(急な下り坂での大腿四頭筋の制動)という。
- エ等尺性収縮では筋肉の長さが変わらないため、筋細胞内のアクチン・ミオシン架橋形成は起きず、エネルギー(ATP)の消費もない。正答
- オ遠心性収縮は求心性収縮よりも同じ筋張力を発揮するために必要なエネルギーが少なく効率が高いが、筋肉への機械的負荷が大きいため筋肉痛(DOMS: 遅発性筋肉痛)を生じやすい。
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誤りはエです。等尺性収縮でもアクチン・ミオシンの架橋形成は起き、ATPが消費されます。筋肉の長さが変化しない(短縮しない)のは、筋が発生する張力と外力(負荷)が釣り合っているからです。しかし筋細胞内ではアクチンとミオシン頭部が結合・解離のサイクル(クロスブリッジサイクル)を繰り返し、そのたびにATPを消費します。壁を押し続けていると疲れる(ATP消費による疲労)のがこの証拠です。
その他の選択肢は正しい内容です。等尺性収縮の定義と例(ア)。等張性収縮の定義と二分類(イ)。求心性・遠心性収縮の例(ウ)。遠心性収縮の効率と筋肉痛との関係(オ)はすべて正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 等尺性収縮(isometric: iso=同じ・metric=長さ)は「外力と筋力が釣り合っていて筋が短縮しない収縮」です。関節の角度・筋の全長は変化しません。例: 重い荷物を腕で持ち続ける(力こぶを作るが動かない)・ドアを力いっぱい押しても動かないとき・姿勢維持(姿勢筋が重力と等尺性に拮抗)。エネルギー効率は等張性より低く(ATP消費量/仕事量の比が高い)、疲労しやすいです。
- イ(正): 等張性収縮(isotonic: iso=同じ・tonic=張力)は「張力が一定のまま筋が長さを変える収縮」です。実際の動作中は張力は厳密に一定ではないため「動的収縮(dynamic contraction)」とも呼ばれます。求心性と遠心性の2種類があります。
- ウ(正): 求心性収縮(concentric): 筋が短縮→関節が閉じる方向。例: 荷物を持ち上げる上腕二頭筋・階段昇りの大腿四頭筋。遠心性収縮(eccentric): 筋が伸長→関節が開く方向(外力に抗しながら制動)。例: 荷物をゆっくり降ろす上腕二頭筋・階段降りや下り坂の大腿四頭筋(ブレーキとして働く)。
- エ(誤): 等尺性収縮において「アクチン・ミオシン架橋形成が起きない」は完全な誤りです。筋細胞内ではクロスブリッジサイクル(ミオシン頭部がアクチンに結合→パワーストローク(力発生)→ADP+Pi放出→ATP結合→解離→ATP加水分解→再結合)が継続的に起きています。筋の長さが変わらない(外部から見れば仕事量=0)のは、力の発生が短縮につながらないからであって、架橋形成とATP消費は確かに行われています。等尺性収縮は等張性収縮よりATP効率が悪いほどです。
- オ(正): 遠心性収縮は受動的な弾性エネルギーの利用(筋腱の弾性)と少ない運動単位の活性化で同じ張力を発揮できるため、求心性収縮よりエネルギー効率が高いです。しかし筋線維が引き伸ばされながら力を発揮することによる機械的ストレスが大きく、特にIおよびII型筋線維の微細構造が損傷しやすく(Z帯の破壊)、遅発性筋肉痛(DOMS: 運動後24〜72時間に最大)が生じやすいです。
#### 1. クロスブリッジサイクルとATP消費の詳細
筋収縮の基本メカニズム(クロスブリッジサイクル):
1. Ca²⁺放出(トリガー): 神経終末のアセチルコリン→筋細胞の活動電位→T管→筋小胞体からCa²⁺放出([Ca²⁺]i: 0.1μM→10μM)
2. トロポニンCへのCa²⁺結合: トロポニン-トロポミオシン複合体がコンホメーション変化→アクチンのミオシン結合部位が露出
3. 弱結合: ミオシン頭部(ADP+Pi結合型)がアクチンに弱く結合
4. 強結合(パワーストローク): Pi放出→ミオシン頭部が強結合・回転(約5〜10nm)→張力発生→ADP放出
5. ATP結合による解離: 新しいATPがミオシン頭部に結合→アクチンとの結合解離
6. ATP加水分解: ミオシン頭部がATP→ADP+Pi→「コッキング」(再び弱結合可能な状態に)
7. ①〜⑥の繰り返し(1サイクルで1 ATP消費・1回の架橋形成・短縮は筋全体としての架橋の方向性による)
等尺性収縮でのATP消費:
- 架橋形成・パワーストローク・解離のサイクルは起きる
- しかしサルコメアが短縮しない(外力と内力が均衡)→「内部で力は発生しているが外部への仕事は行われない」
- ATP消費量: 等尺性収縮でも等張性収縮に比較してそれほど少なくない(パワーストロークは起きる)
- 等尺性収縮が疲労しやすい実感(長時間姿勢保持で腰や肩が疲れる)はATP消費の証拠
#### 2. 各収縮様式の比較と職場作業への影響
| 収縮様式 | 特徴 | 例 | エネルギー効率 | 疲労のしやすさ |
|---------|------|-----|-------------|-------------|
| 等尺性 | 長さ不変・張力発生 | 重物保持・姿勢維持 | 低(仕事量=0なのにATP消費) | 高(血管を圧迫して血流低下) |
| 等張性求心性 | 筋短縮・張力発生 | 物を持ち上げる | 中 | 中 |
| 等張性遠心性 | 筋伸長・張力発生(制動) | 物をゆっくり降ろす・下り坂 | 高(弾性エネルギー利用) | 中(DOMS発生しやすい) |
等尺性収縮と職業性疾病:
- 職場での静的作業(静的負荷): VDT作業・精密組立・手術など持続的な姿勢保持→等尺性収縮が長時間続く
- 問題点: 筋内圧が高まり毛細血管を圧迫→局所血流低下→ATP供給不足(嫌気性代謝→乳酸産生)→筋疲労・疼痛
- 職業性疾病: 頸肩腕症候群・VDT障害の筋骨格系症状は等尺性収縮による静的負荷が主因の一つ
- 予防: こまめな休憩・ストレッチ・作業姿勢の改善(人間工学的配慮)
#### 3. 遅発性筋肉痛(DOMS)のメカニズムと産業衛生
DOMS(Delayed Onset Muscle Soreness)は特に遠心性収縮後に生じます。
メカニズム(現代の理解):
1. 筋線維の微細構造損傷(Z帯の崩壊・筋小胞体の破壊): 遠心性収縮による機械的ストレス
2. 炎症反応: 損傷部位へのマクロファージ浸潤→プロスタグランジン・ブラジキニン産生
3. 侵害受容(nocioception): 痛覚線維(Aδ・C線維)が炎症性メディエーターを感知→疼痛
4. 時間経過: 運動後8〜24時間で出現・24〜72時間でピーク(「翌々日が一番痛い」)・5〜7日で回復
産業衛生的な意味:
- 新規業務・季節的な重作業(農作業の繁忙期・引越し等)の初日後にDOMSが強く出る
- 作業直後は痛みがなく「やれた」と思っても翌日〜翌々日に急激に筋痛が出現
- 筋肉痛→作業効率低下・転倒・労働災害リスク増大(重作業を急に始めるリスク管理)
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場への応用
試験では「等尺性収縮=長さ不変・張力発生(壁を押す・重物保持)」「等張性収縮=張力一定・長さ変化(求心性: 短縮/遠心性: 伸長)」「等尺性収縮でもATP消費・架橋形成は起きる(起きないは誤り)」「遠心性収縮はエネルギー効率高いがDOMSを生じやすい」「職場の静的作業(等尺性収縮)=頸肩腕症候群リスク」が頻出です。エの誤りは「等尺性収縮ではATP消費がない」という架橋形成の誤認です。
【根拠】医学的事実(確立した筋生理学)。クロスブリッジサイクルとATP消費の関係・等尺性/等張性収縮の定義と特性・DOMSのメカニズムは確立した知識。
【補足】エが誤り:等尺性収縮においてもアクチン・ミオシン架橋形成とATP消費は起きる。筋長不変は張力と外力が釣り合う結果であって、架橋形成なし・ATP消費なしではない。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した筋生理学)。等尺性収縮においてもアクチン・ミオシン架橋形成とATP消費は生じる。筋肉の長さが変化しないことと架橋形成・エネルギー消費が生じないことは別の話である。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。