衛生管理者 労働生理 問73:感覚器
嗅覚と味覚に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア嗅覚受容体は鼻腔上部の嗅上皮に存在し、嗅細胞の嗅覚受容体タンパク質(GPCRファミリー)が匂い分子と結合して電気信号を発生させる。嗅神経は脳神経のうち最初の脳神経(第I脳神経)である。
- イ嗅覚は刺激が継続するとすみやかに感受性が低下し、同じにおいに対して気づきにくくなる「嗅覚疲労(嗅覚順応)」を生じやすい特徴がある。硫化水素のような有臭の有害ガスでも高濃度では嗅覚が麻痺して無臭に感じられることがあり、労働安全上の危険である。
- ウ味覚の基本味には「甘味・酸味・塩味・苦味・うま味」の5種類があり、それぞれ舌の特定の部位にのみ存在する専用の味蕾が独立して分布している。正答
- エ味蕾は舌の乳頭(有郭乳頭・葉状乳頭・茸状乳頭)に多く存在し、味細胞が基本味に応答した電気信号を顔面神経・舌咽神経・迷走神経を介して脳幹・大脳皮質に伝達する。
- オ嗅覚情報は嗅球から嗅覚皮質(梨状皮質等)・扁桃体・海馬に直接投射し、感情・記憶と深く結びついている。他の感覚(視覚・聴覚・体性感覚)とは異なり、嗅覚は視床を経由せずに大脳皮質に到達することが特徴的である。
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誤りはウです。「それぞれの味が舌の特定部位にのみ存在する専用の味蕾が独立して分布している」という部分が誤りです。かつては「甘味は舌先・苦味は舌根・酸味は舌側面…」という「味覚地図」が教科書に載っていましたが、現代の研究ではこの「特定部位限定」の考え方は否定されています。甘味・酸味・塩味・苦味・うま味のすべての基本味は、舌全体の各部位に存在する味蕾(特に有郭乳頭・葉状乳頭・茸状乳頭)で感受されます。
基本味が5種類(甘・酸・塩・苦・うま味)という部分は正しいです。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 嗅細胞(嗅覚受容ニューロン)の先端の繊毛に嗅覚受容体タンパク質(OlfactoryReceptor: OR)が存在します。ORはGタンパク質共役受容体(GPCR)ファミリーの一つで、ヒトでは約400種類の機能的OR遺伝子が存在します。各嗅細胞は1種類のORのみを発現し、嗅覚のコンビナトリアルコーディング(複数のORが組み合わさって匂いの質を識別)が成立します。嗅神経(第I脳神経)は篩板を貫いて嗅球(嗅球ニューロン)にシナプスを形成します。
- イ(正): 嗅覚順応(嗅覚疲労)は非常に速く(数秒〜数分)起きます。これは①嗅細胞レベルでのアダプテーション(Ca²⁺フィードバックによるORの感受性低下)②中枢レベルでの抑制の両方によります。労働安全上の重要な知識: 硫化水素(H₂S)は初め「腐った卵の臭い」で感知できますが、高濃度では嗅覚が麻痺して無臭に感じられてしまう(中毒死の原因)。なお一酸化炭素(CO)はそもそも無臭なため嗅覚では検知できず、「嗅覚疲労」という概念自体が当てはまりません(COと有臭ガスを混同しないよう注意)。
- ウ(誤): 「舌の特定部位にのみ存在する専用の味蕾」という旧来の「味覚地図」は否定されています。正しくは: ①基本5味(甘・酸・塩・苦・うま味)はすべて舌全体に存在する味蕾で感受される②一つの味蕾内には複数の基本味に応答する味細胞が混在していることが多い③各味細胞は特定の一つの基本味に優先的に(必ずしも排他的にではない)応答する受容体を発現する。5種類の基本味という数は正しい(近年「脂味=oleogustus」を6番目に加える議論もあり)。
- エ(正): 味蕾(taste bud)は舌の乳頭(有郭乳頭=9〜13個・葉状乳頭・茸状乳頭)に多く分布しますが、軟口蓋・喉頭・咽頭にも存在します。成人の味蕾は約5,000〜10,000個。神経支配: 舌前2/3→顔面神経(鼓索神経)、舌後1/3→舌咽神経(第IX脳神経)、咽頭・喉頭→迷走神経(第X脳神経)。情報は延髄孤束核→視床(VP核)→一次味覚野(島皮質・前頭弁蓋皮質)へ。
- オ(正): 嗅覚は進化的に古い感覚系で、嗅球から辺縁系(梨状皮質・扁桃体・嗅内皮質・海馬)へ直接投射します。他の感覚(視覚・聴覚・体性感覚・味覚)はすべて視床を経由してから大脳皮質に到達しますが、嗅覚だけが視床を経由せずに大脳皮質(嗅覚皮質)に到達します。扁桃体・海馬への直接投射が「においが記憶・感情を直接呼び覚ます」(プルースト効果)の神経解剖学的基盤です。
#### 1. 基本味の受容機序と味覚受容体
基本5味とその受容機序:
| 基本味 | 受容機序 | 主な受容体/チャネル |
|-------|---------|-----------------|
| 甘味 | GPCR→cAMP上昇→PKA活性化→K⁺チャネル閉鎖 | T1R2/T1R3ヘテロ二量体(GPCR) |
| うま味 | GPCR→PLCβ2→IP₃→Ca²⁺放出 | T1R1/T1R3ヘテロ二量体(GPCR) |
| 苦味 | GPCR→PLCβ2→IP₃→Ca²⁺放出 | T2R群(約25種類のGPCR) |
| 酸味 | H⁺によるイオンチャネル直接抑制/活性化 | PKD2L1・OTOP1(Hチャネル) |
| 塩味 | Na⁺がENaCを通じて直接流入→脱分極 | ENaC(上皮性Naチャネル) |
注目点: 甘味・うま味・苦味はGPCR→細胞内シグナル→TRPM5チャネル→Ca²⁺→神経伝達物質(ATP)放出という共通の下流経路を持ちます。
#### 2. 嗅覚の化学検知と有害物質管理
嗅覚による有害物質の検知限界(職場安全上の重要知識):
| 物質 | 嗅覚検知限界(ppm) | 職場許容濃度(ppm) | 嗅覚による安全確認の可否 |
|-----|------------|-------------|------------|
| 硫化水素(H₂S) | 0.0047 ppm | 1 ppm(5ppmで嗅覚麻痺開始) | 危険: 高濃度で嗅覚麻痺→無臭になる |
| アンモニア(NH₃) | 5 ppm | 25 ppm | ある程度可能だが高濃度注意 |
| 塩素(Cl₂) | 0.08 ppm | 1 ppm | 可能(刺激臭で警告) |
| 一酸化炭素(CO) | 無臭(検知不可) | 25 ppm | 不可能(嗅覚検知できない) |
| ホルムアルデヒド | 0.5〜1 ppm | 0.1 ppm | 許容濃度以上になってから気づく |
硫化水素中毒の特殊危険性:
- 濃度が5〜10ppm超えると嗅覚が麻痺(嗅神経の直接障害)→無臭と錯覚
- 100ppm超で即座に嗅覚完全麻痺・意識障害
- 700〜1,000ppm以上で数秒〜数分で死亡(「一嗅死」)
- 硫化水素は比重が空気より重い→坑内・マンホール・ピット底部に滞留
#### 3. 味覚の変化と職業・疾患との関係
味覚障害の原因と衛生管理上の意義:
- 亜鉛欠乏: 最も多い原因(亜鉛は味蕾の新陳代謝に必須・カドミウム・水銀等の重金属が亜鉛代謝を阻害)
- 加齢: 味蕾の総数低下(高齢者の食欲低下・低栄養の一因)
- 金属中毒: 鉛・水銀・ヒ素中毒では金属味・味覚異常が症状の一つ
- 薬剤性: 抗がん剤・抗菌薬・利尿薬など多くの薬剤が味覚障害を引き起こす
嗅覚障害と職業暴露:
- カドミウム: 嗅覚障害(嗅粘膜の変性)・嗅覚喪失
- クロム:鼻中隔穿孔・嗅覚障害
- 有機溶剤: 一部は嗅覚を鈍化させる
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場への応用
試験では「基本5味=甘・酸・塩・苦・うま味(舌全体に分布・旧来の「味覚地図」は誤り)」「嗅覚順応(嗅覚疲労)が速い=硫化水素等の有害ガス検知の危険性」「嗅覚は視床を経由せず大脳皮質・辺縁系に直接投射(記憶・感情と密接)」「味蕾の神経支配=舌前2/3は顔面神経・舌後1/3は舌咽神経」が頻出です。ウの誤りは旧来の「味覚地図(特定部位に特定の味が限局)」の誤りです。
職場への応用として、硫化水素・アンモニア等の有毒ガス環境では、嗅覚に頼らずガス検知器を使用することが衛生管理の鉄則です。「臭いがしないから安全」は硫化水素中毒の典型的な事故原因です。
【根拠】医学的事実(確立した感覚生理学・嗅覚生理学)。旧来の味覚地図の否定・基本5味の受容・嗅覚の視床非経由投射・嗅覚疲労の労働安全への影響は確立した知識。
【補足】ウが誤り:旧来の「味覚地図(特定の味が舌の特定部位に限局)」は否定されている。基本5味はすべて舌全体の味蕾で感受される。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した感覚生理学)。基本味は舌全体の味蕾で感受されるものであり、特定の味が「舌の特定部位にのみ存在する専用の味蕾」で感受されるという旧来の「味覚地図」説は否定されている。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。